|
|
 |
観光名所詳細情報 |
名所の詳細情報 |
時は772年(宝亀3)、壱岐国壱岐郡に女直玉主という女性がいました。玉主売は15歳で夫を亡くし、その後30余年間、生涯独身を貫き、毎日かかさず夫の墓に仕えたことが評価され、朝廷から位を賜り「終生田祖」を免じられています。死後はこの功績を称え、比売大明神として祭られ代々語り継がれました。時は1000年近く過ぎた安政年間(11854年~1860年)に平戸藩親衛士隊長であった葉山高行が、玉塚山に祭られた比売大明神の云われを、藩主に進言したところ藩主は感動し、葉山高行に命じ碑文を作らせ石碑をこの地に建てさせたと云われています。
|
|

|