|
|
 |
|
|
|
 |
 |
人物名 |
 |
三富朽葉
|
|
 |
 |
 |
生涯 |
 |
明治23(1890)年
大正6(1917)年
|
 |
 |
 |
生誕地 |
 |
郷ノ浦町
|
 |
 |
 |
業績 |
|
三富朽葉は、郷ノ浦町武生水地区で生まれました。7歳の時に東京に移り住み、明治35(1902)年に暁星中学校に入学し、フランス流の教育を受け、フランス文学に興味を持ちました。詩人としての才能も開花し、17歳の時に作品を発表して、詩人としての第一歩を踏み出しました。明治44(1911)年に早稲田大学を卒業し、「雨の唄」・「冬の唄」など次々と名作を世に送り出しています。朽葉は、家庭が裕福定職につかず、大好きな詩に没頭していたと云われています。大正6(1917)年に父親の別荘がある千葉県銚子の犬吠岬にて、親友の詩人今井白揚と共に溺死した。
|
 |
|
|
|
 |
|