日本のふる里・壱岐
壱岐島は朝鮮半島と九州本土との中間の位置にあります。
1700年ほど前、壱岐島は国際的な脚光をあびていました。壱岐島は、3世紀の中国の歴史書「
三国志
魏書
東夷伝
倭人条
」いわゆる「魏志倭人伝」に「一大国」の名で登場し、東アジア世界での存在の大きさ、関心の高さを物語っています。
この一大国(一支国)、東アジア世界が平和な時は中国大陸や朝鮮半島の先進文化を取り入れる大地として大いに栄えていました。反対に関係が悪化しますと、日本軍の半島への最前線基地の島になるという特異な役割をになっていました。
日本列島の文化や生活を大きく変えたものに「稲作」「鉄」「占い」「仏教」などがありますが、これらは朝鮮半島から壱岐島をへて九州に上陸し、後に「日本」と呼ばれることになる列島の各地に伝播していきました。
原の辻遺跡には東アジア最古の船着場が、中国大陸系の高度な技術で築かれています。古代の日本は占いが支配していました。古代、占いは「科学」でした。壱岐島には、大陸渡来の「占い」の名人が数多くいて、中央政権にスカウトされていました。笹塚古墳出土の金銅製の馬具には、古代エジプトで生まれた「パルメット文様」が施されています。シルクロードの終着地・奈良への途上の地となる壱岐島には、世界各地の文化が息づいています。
日本の各地に広がった文化の多くが、壱岐島を通って行きました。わがふる里・壱岐の島を「日本のふる里」と言わせて下さい。
一支国博物館
弥生時代の原風景を、奇跡的に現在に伝える周辺の景観に調和するデザイン(黒川紀章の遺作)、眼下に国特別史跡の原の辻遺跡や、内外の交易船が出入りした内海湾を望み、歴史ロマンを感じることができます。同じ建物の中に、調査研究機関の「長崎県埋蔵文化財センター」と展示公開施設である「壱岐市立一支国博物館」があります。
展示で、海を介した交流・交易の地「東アジアの一大国」を知っていただきます。そして、展示資料は観るだけでなく、手で触れ、持ちあげることができます。
展示の見どころとして
1.「魏志倭人伝の世界」/57文字による一支国の説明は、倭(日本)の30国の中で、なんと3位の使用文字数。国・王都の場所がわかるのは一支国だけ。
2.「ビューシアター」/倭人伝の一支国の説明57文字の世界を、約7分の映像でご覧いただきます(英語・中国語・韓国語の字幕あり)。
3.「朝鮮通信使迎接所絵図」/世界記憶遺産、「高麗仏」、「高麗版大般若経」/国重要文化財、「天正20年銘の古唐津茶壺」
4.「延久3(1071)年銘の石造仏・石造弥勒如来坐像」/国重要文化財のレプリカ/日本で唯一の仏像の姿をした経筒
5.「嶋分寺の軒丸瓦」/平城京大極殿のそれと同じ文様
6.「笹塚古墳」/国指定史跡・壱岐古墳群6基のひとつ/の石室の原寸大再現
7.「木造古代船(模型)」/映像・照明・音響で古代の航海を再現
8.「160人の弥生人が住む一支国の王都・原の辻」
9.「キッズこうこがく研究所」/子どもたちが考古学者に変身
10.「オープン収蔵庫・遺物整理室」/日本初のこころみ、ガラス越しに収蔵庫と遺物整理室の内部が一目瞭然
一支国博物館は「いこい」と「交流」の場でもあります。
多目的ホール/固定席180人。映画・音楽・落語・演劇・講演など
体験交流室/体験事業
図書閲覧室/歴史図書
屋上展望広場(芝生広場)
壱岐の日本遺産展示コーナー
展望室/海抜約85メートル・360度ガラス張り
皆さまと共にある本館は、楽しく親しみやすい博物館です。 |